面接のとき、先生はこう言いました。
「ちょうど税理士資格を取った正社員が辞めるのでね。その代わりになる人を探しています。」
代わり・・・?
一瞬、時が止まりました。
「いえいえ、とても代わりなんて…!」
未経験ですし、扶養内パートですし、
簿記取得も十数年前です。
代わりどころか、補欠にもなれるかも怪しい。
なのに先生は言いました。
「まぁまぁ、大丈夫だから!」
・・・???
私は伝えましたよ。それは無理だって・・・?
続けて言われたのが、
「簿記3級の復習をしておいてください」
という一言。
「はい」と元気よく返事をしました。
そして・・・復習はしていませんでした。
やろうとは思っていました。
思ってはいたのです。
でも日常は忙しく、
まあ入ってからでも大丈夫かな、
と、いつもの“なんとかなる精神”が発動しました。
入社してまもなく、触るのを楽しみにしていた会計ソフトと向き合いました。
操作は先輩のパートさんが丁寧に教えてくれました。
ここを押して、ここに入力して、保存はここ。
手順は分かります。
でも、それがなぜそうなるのかは分かりません。
簿記3級を復習していないので、
当然仕訳はあやふやです。
借方?貸方?
どっちでしたっけ。
それでも、
まあ、入力できているし。
過去分を見たらいいわけですし。
そのうち、なんとかなるのでは。
2回目、3回目と仕訳をしても、
処理にかかる時間はほとんど短縮されませんでした。
自分では慣れてきたつもりなのに、
時計を見ると全然早くなっていない。
先生の沈黙が、少し気になり始めました。
急かされてはいません。
でも、
「あれ、まだかな」
という空気を勝手に感じて、
勝手に焦っていました。
それでも私は、
まあ、経験を積めば早くなるはず。
と、根拠のない前向きさでやり過ごしていました。
月次入力を任されたときも、
当然のように思っていました。
未経験なのだから、
最後はチェックしてもらえるだろう、と。
でも、ふと不安になって聞いてみたのです。
「チェックしていただけないんですか?」
先生は間髪を入れずに、こう言いました。
「そんなことをしていたらコスト割れしてしまいます」
……
……
は?????
(いや待て待て待て待て)
(未経験者をノーチェックで送り出すほうが、よほど高くつきません????)
(将来ミスが発覚したら誰が直すんですか????)
(信用ってご存じですか????)
(というか)
(最終的な責任者、お前だからな!!!!)
心の中では、
小さな私が指を突きつけていました。
机を叩き、
ホワイトボードに「リスク管理」と書き殴り、
赤字で「将来コスト」と囲っています。
でも。
現実の私は。
……何も言えませんでした。
「でも」も
「とはいえ」も
一文字も出てきませんでした。
喉のあたりまで言葉は上がってきたのに、
全部そのまま飲み込みました。
未経験で、
復習もしていなくて、
自信もなくて。
反論できる材料を、私は何ひとつ持っていなかったからです。
ただ、「はぁ・・・」と小さくうなずいただけでした。
そして、資料を抱えて
すごすごと自分の席へ戻りました。
さっきまで脳内で暴れていた私も、
一瞬で鎮火。
責任者はお前だからな、
と心の中でだけ言い放って。
今思えば。
あそこで言い返せなかったことよりも、
「まあ、いいか」
と流してしまったことのほうが、
ずっと問題だったのかもしれません。
根拠も覚悟もないのに、
どこかで“なんとかなる”と信じていた私。
なんともならなかったとき、
ちゃんと自分に返ってくるのに。
ひとつひとつは、小さなことでした。
簿記を復習しなかったこと。
分からないままソフトを触っていたこと。
チェックがないまま進めていたこと。
どれも、その場では
まあ、なんとかなるでしょう。
で、通過してきました。
そして迎えた、年末。
なんとかは、なりませんでした。
あのときの小さな「まあ」が、
きれいに積み重なっていたのです。
今思えば、
違和感はずっとありました。
でも私は、それを真剣に拾い上げませんでした。
未経験の私が、
“代わり”になれるわけがないと否定しながら、
どこかで、
なれてしまうかもしれないと思っていたのです。
根拠もなく。


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